欧米の女性は忙しい朝に10分以内に出来るものしか絶対つくらない。合理的にできているというのだともコメント。(私は15分だから少し時間がかかっている?)
日本の女性がおいしいものをせっせとつくらなきゃと思うのは、子育や家事に関して、女性が中心にするべきだという日本的思想の表れなのだろうか。私もその一人なのかもしれない。
つい先日、我家では家事労働負担の鬩ぎ合い戦争勃発の様相を呈したことがある。こと細かに、「私はこれとあれとそれをしています。あなたはこことあそこはできるはずだからやってください!」と具体的に提示しないと夫は家庭内を快適に過ごす為の努力が身に付いていないのだ。きっと義母が男子厨房に入らず的にすべてこなしていたのでしょう。
私の父母だって正にそう。父は買い物カゴを持つことさえ恥ずかしいらしい。
でも、我家はそういう訳にはいかない、この頃では家事負担は娘にまでとばっちりで「母さんご飯つくるから、風呂洗って!」なんて上手いこと使われ始めています。
先日、娘がイギリス人のご家庭にホームステイさせていただいたときも、お弁当のサンドイッチも夕食もお父さんがつくってくれたと聞きました。奥様は仕事はしていないので、専業主婦ですが、得意な方がやると言う合理性があるのだと思う。共働きの場合はヘルパーさんを雇っているケースも多い。
世界は広い、いろんな思想もある。少しは視野を広く持ちながら、先人の温めた文化も味わいたいと欲張ってみたい。
平松洋子さん著書の「買えない味」という本。なかなか最後まで読み切ることのできない私が2,3日のうちに読むことができた。すらすら言葉が入ってきて、食や生活が潤う素敵で小気味いい、躍動感もある文章。(って私の様なものが褒めてもなんですが・・・。)とにかく面白かった。読んででハッと感動したり、じんとしたり、すっとするというか・・・。心が動きく。
—買えない味。そのおいしさは日常の中にある。—
確かにそう。家庭でしかつくりだせないしみじみとした大根の煮含んだ味。ばあちゃんから受け継がれた里芋の味。白菜の漬け物。どれをとってもお店では売っていない。
〜毎日の台所のなかに、ただ「おいしい」のひとことではすまされないそのような味が数かぎりなく潜んでいると知れば・・・〜買えない味からの一節だか、そうした日常の中に喜びが見いだせることが人としての成長でもあるようにこのごろ思う。
私の祖母は農家のお母さんとして生きた、畑仕事もするし家事もこなす。家事は竈の飯炊きだったし、お風呂も薪だった。火を焼べるのは楽しいお手伝いだった。洗濯も洗濯板でゴシゴシやっていたのを思い出す。毎日はルーティンで、季節の行事を丁寧に楽しんでいた。
けっして裕福ではなかったけど、心は豊かであった。
繕い物をする姿もゆったりと和んでいたなあ。なんでもない日常を慈しんで生きていたお手本だったと気付きました。
そのモチベーションを保つことは計り知れない。
忙しい(人気者でしょ!)私もいつかはあんな風になれるのかしら?
いやいや、足下にも及ばない、遠い婆さんの時代を見据えて、今日も弁当をせっせとつくって、ほんの少し日本の女性として爪の垢でも煎じましょう。
とぱぱっと15分じゃだめかなあ?
ついでに母弁もよろしく! 宣伝でした。


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